フミヤの世界会議「ポテンシャルを知ること。」
どうもフミヤです。
ポテンシャルについて考えます。
ポテンシャル
言った、言われたの意味で一番感じるのは①が多いですかね。
「君にはポテンシャルがあるよ~」
そもそもなんですが、ポテンシャル無い人間っていない。
潜在能力なので生まれた時から備わっているはずです。
「君には○○のポテンシャルがあるよ~」が正しいのか?
まぁいいです。
とにかく僕自身のポテンシャルが何なのか。
たまに無性に知りたくなります。
何の能力があって何をすると一番いいのか。
迷えば迷う程知りたくなります。
そして占いとか、適正テストなどに手を出して意味のない確認をしてしまう。
良い回答が得られればやっぱりそうなんだな俺は。うんうん。と納得させてしまう。
これが悪いのかというとそうでもなく、その思い込みでなりたい事を実現できるならOKですよね。
ただ本質を知りたいとなれば、ただ統計で診断されたものに対して何の価値もありません。
能力さえ分かれば仕事で悩まなくていいし、ポテンシャルの磨き方次第でずっと光り続けられるわけです。
ポテンシャルを知れる事はとても理にかなっています。
しかし、実際ポテンシャルについて考える事にどれだけの時間を費やしているのか。
正直僕はあまり考えた事がそんなにありません。
このブログでポテンシャルについて考える時間は人生で3回目です。
2回は最初の就活の時と最初の職場を離れた時。節目みたいなところで考えてましたね。
ここは人によりけり。毎日考える人もいれば全く考えない人もいるかと思います。
時間を費やして考えれば考える程思います。
全く意味がないと。結局どんなポテンシャルが備わっているのか分かりません。
全て想像の中で完結してしまうからです。
でもちゃんと見つけられる方法があるんです。
あくまで方法です。僕も探し中です。
結局自分次第なんですが行動あるのみです。
怖くても歩く事です。これは心理学の先生から教えてもらいました。
行動ならなんでもいいという訳ではないと思いますが、人からチャンスを与えられた時(好き嫌い問わず)ここで見つかる可能性は高いです。
まず人からチャンスを与えられた時は未知数という事です。もしかしたらやりたくない事かもしれません。
チャンスと捉えられるかは自分次第。
踏み出す瞬間はどんな環境下であっても怖いものです。
可能性とか考えても分からないので手をつけてしまっていいと思います。
ここで大事なのが他人から見られる自分。
客観視ですね。相手から見られるのと常に自分を俯瞰して見ること。何がダメで何が良かったのか。他人から言われたくそ腹立つ意見もちゃんと考えます。
イライラした時掃除するのオススメですよ。
そうやっていくとまず行動が普通に変わって言動も変わっていきます。
その変化して新しい行動に出た時こそ現在のポジションでポテンシャルが発揮されるかどうかを見極められます。
自分で見極めるというよりは見極めてもらうというのが正しいかもしれません。
やってみたいという事も含めてたまたま選んだ仕事のたまたま配属された部署だったり。
たまたま住み始めた場所のたまたま出会った人だったり。
いろんな偶然からポテンシャルを引き出すための鍵となるポイントが潜んでいます。
今見つかるかもしれないし、一生見つからないかもしれません。
そして、ポテンシャルを見つけられたとしてそれが好きなポテンシャルではないかもしれません。
そうなったらどうしますか?
たとえ向いている事がはっきりしても好きでないなら環境を変えるようなことしないと思います。
大体の人はそうだと思います。
実はポテンシャルって考えたい、なりたいの逆の事が多いと感じます。
知りたいとは言ってますが、知ったところです。
その確率が、高い以上知ったところでふーん、って感じになります。
好きな事、好きになった事、今日のなりたい自分、明日、10年後のなりたい自分にフォーカスして行動する事。
要は最初から備わっている能力を探すのではなく、今までやってきた経験からおそらくこんなポテンシャルがあるかもしれないという予測をしながらとりあえず磨いてみる。
これが最適な方法だと考えます。
単純です。日常生活から動きまくって、足りる足らない頭とか関係なく考える。これに尽きます。
才能は開花させるもの、センスは磨くものです。
ハイキューの借りパク。
これも自分次第!
It’s up to you!!!
では。